思いやりとエゴの境界線

サポートしてくれようとしているのか、コントロールしようとしているのか分からなくなる時がある。私の望んでいることをおそらく予測して、頼んでもいないことをしてくれるけど、もちろん予測なのでそれは外れる。何もしないでほしい。こちらが頼ったとき、できることをしてくれたらそれで十分なのに。私を助けようとしているように見えるが、自覚がないだけで実際はエゴを押し付けているだけな気がする。だから素直にありがとうとはならない。仮に私がそんなのは要らない、ありがた迷惑だと伝えたとて、良かれと思ってやったのに、心配だから、あなたのためを思って、なんて言葉が返ってくるのは安易に想像できる。それってあなたの感想ですよね。

言われたときはそこまで気にならないのに、あとになって思い返すとおかしいことに気が付いて、腹が立ってくるけど時間が経っているので言い返すこともできない、ということがよくある。頭の回転が遅すぎるのだろうか。悔しい。悔し涙を流しながらノートに殴り書きしたけど、これで発散できているのかは分からない。ずっと家に篭りっきりで、両親か病院の人としかまともに会話しない生活が続いているし、明らかに他人とのコミュニケーション不足なのだと思う。ストレスが溜まっているんだなと俯瞰している自分もいる。

手術が終わったのでそろそろひとり暮らしを再開したいと思っている。新生活シーズンが過ぎたからか物件数はあまり多くない気がしなくもない。大学生時代から色んな部屋に住んできたせいで理想がどんどん高くなっていて、なかなか気に入る物件に出会えていない。おまけに地方住み人間になったため車も必要になりそう。ないと困るほどではないが、あるのとないのとでは大違い。車の有無は部屋探しの条件にも大いに関わってくる。毎日物件情報サイトを覗いたり、車のカタログを見たり、最初はわくわくして楽しかったけど今は少し疲れを感じるようになった。早く決めて楽になりたい気持ちが強い。でも就活と同じでここで折れてはいけない。根気強く、納得がいくまで探し続けるのだ…。

雑記

サマータイムレンダを観た。異世界とかループものは今や沢山あるのでまたか…と思いそうなのに、思わなかった。神話とか宗教とかそういった類の話に惹かれがちなのと、戦うシーンの躍動感や迫力がとても良かったせいなのかも。アニメを観ていて続きが気になって仕方がなくなったのが久々だったのでうれしい。夏と島というのがまたずるい。ぼくのなつやすみをちょっと思い出した。1期のED(回夏/cadode)が曲も映像も作品によくマッチしていて素敵だった。この曲が流れると鳥肌が立った。良い意味でアニメの主題歌っぽくないし、夏がもうすぐ終わってしまう切なさのようなものがある。今この曲を聴きながら海とか見ると泣いてしまいそう。これから定期的に聴きたい。最近少しアニメ離れというか、観る気力がなかなか起きなくてしばらく何も観ていなかったのだけど、入院中に観た王様ランキングが面白くてスイッチが入った。異世界おじさんも観たい。推しの子はなぜかあまりハマれなかったけど、1話しか観ていないので決めつけるのは良くないよね。

去年末から始めた手帳兼日記帳、いまだに続いている。最近日記を書いていて、字を書くという作業が癒やしになっていることに気付いた。ブログを書くのとはまた違う。もはや内容はなんでもいいのでとにかく字を書きたい衝動に駆られることもあり、思いつくがままにペンを走らせたりする。試行錯誤中でぐちゃぐちゃなので、来年の手帳は予定のジャンルごとに色分けしたり、シールも統一させたりしたい。

THE NOVEMBERSの『今日も生きたね』のCD、大切な人にシェアするために全く同じCDがもう一枚入っていたけれど、わたしは一体誰に贈ったのだろう?思い出せないのである。大切な人にシェアしたはずなのに。そんなことならいっそ誰にも渡さないほうがよかったのでは?とも思うけれど当時の自分にとっては大切な人だったのだろうし、いま手元にないのはある意味幸せなことなのかも。

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手術の記録

入院初日、朝から診察を受けてあっさりと病棟へ案内された。入院は小学生時代に食中毒になったとき以来。最近できたばかりの病棟なのでとても綺麗で、病室の名札みたいなところもタッチパネルになっていたりした。コロナが5類に移行して面会が可能になったものの、1時間までというルールが設けられていたので、同行してくれた母も荷物を整理したらすぐに帰らなくてはならなかった。エレベーターの前までお見送りして、手を振りながら扉が閉まったとき、「これが最後になったらどうしよう」などと考えてしまった。よく考えたら一人で帰ったことなかったから寂しいわ、と母からのメッセージが届いていた。

わりと上層階の病室だったので景色がとても良かった。テレビも何もつけず、静かな部屋の窓際のソファに座り、大きなマンションにある灯りひとつひとつに世帯があるんだなあ、とかぼんやり考えながらずっと外を眺めていることが多かった。普段の生活で、そんな時間の過ごし方をすることなんてなかなかない。

その翌日手術だった。お昼からだったのでそれまでHuluで好きな作品を観るも、なかなか集中できなかった。怖かった。人工呼吸って、1回死ぬってこと?呼吸が戻らなかったらどうしよう?手術中に大地震が来たらどうしよう?良い歳して情けないのだけど初めてのことなのでとにかく怖かった。しかもこのとき実際に地震があちこちで多発していたので、単なる考えすぎとかではなく本当に怖かったのだ。

手術着に着替えるように言われ、看護師さんと一緒に手術室まで歩いた。とてもチャーミングな看護師さんで、歩いている最中に「ここなんか怖くない?壁も床も全部真っ白でいかにも病院って感じでさあ〜」とか言いながら笑かしてくるので気が紛れた。手術室に着くと笑われた。わたしが手術着を表裏逆に着ていたからだ。あとから来る人もみんなわたしを見て笑うので、わたしもなんだか可笑しくなってきて笑いながら横になっていたら「薬入りますからね〜」と言われたと同時に視界がぼやけてそこから記憶がない。体感だと眠るまで5秒くらい。恐ろしい。

気がついたら病室にいて、体のあちこちに管がついていたり、酸素マスクをしていたりした。両親がベッドの脇にいてわたしに話しかけるので、頑張って返事をしようと思うのだけど、「うん」と言うのが精一杯だった。意識ははっきりとあるのに目や口をうまく動かすことができなくて苦しかった。手術中に行うリンパ節生検の結果が気になっていても聞くことができなかったのだけど、母が転移はなかったよと言ってくれたのははっきりと聞き取れた。それが不安で仕方がなかったので、心がすっと軽くなった気がした。麻酔のせいなのか何なのか涙が出続けていたらしくずっと拭ってもらっていた。

胸の大きさは8割くらいになった。抗がん剤のおかげか、意外と遠くから見たら分からないかも?といった感じ。遠くから胸を見るシチュエーションなんてあるのか。リンパ節生検のせいで脇から腕にかけてが痛むので、前開きの下着にかなり助けられている。乳がんで手術を受けた人に向けて作られた下着もあることを教えてもらった。需要のあるところに商売が生まれるのは当たり前のことなんだけど、病気になってから、人々の苦痛を軽減すべく色々と考えられて開発されている商品をたくさん目にして、本当にありがたい気持ちになる。

18時に夕食、21時に消灯なので自然と22時頃には眠くなってくる。これを機に生活リズムもちゃんと整えよう…。観たかった作品リストも消化できたし、何より窓から見える景色にひたすら癒やされた入院生活でした。当たり前のことかもしれないけど看護師さんも皆優しくて、病気のことについても色々と親身になってくれてありがたかった。居心地はよかった。

退院もかなりあっさりとしていた。久しぶりに外の空気を吸って気持ちが良かったのを覚えている。治療が始まってからずっと生ものを我慢していたので、退院してまずお寿司を食べた。とびきり美味しかった!退院祝いにお花をもらった、うれしい。

丸くなった頭も左右非対称の胸も、今となっては愛おしく感じていて、ある意味わたしのチャームポイントみたいなものなのかもしれないと思えてきた。(髪は伸びるけど)この歳で、とくに女性の場合なんかは、自分のスキンヘッド姿を見るなんてなかなかない経験だと思う。学生時代よく髪が痛みすぎて「あ〜毛根リセットできたらいいのに」と呟いたりしてたけど、リセットできた。冬頃にはだいぶ伸びてるといいな。