Geranium

だれかに話したいけど話すほどでもないようなこと。

今日が境目

私にとってはすごいことがあった。すごいことをした。

3年ほど、お互いに依存し合っていたような関係の友人がいた。いや、これは友人と言えるんだろうか。そして向こうが本当に私に依存していたかどうかは向こうにしか分からないけれど。寂しくなればいつも頼り合ったおかげで、寂しくなかった。と思っていたけれど、今思えば逆にこれが寂しさを倍増させていたのだ。こんな関係は決して良いものを生み出さない。依存から抜け出したい。そう思い、縁を切ろうと試みたことは過去に何度もあった。けれど、また寂しくなってしまうこと、寂しい時に頼れる人がいなくなることがどうしても怖くて、結局ずるずると続いた。でも今日は違った。

お互い幸せになりたかった。幸せになるためには、やっぱりもうこの関係を終わらせるしかないと思った。悲しいけれど、寂しいけれど、辛いけれど、その向こう側にはきっと良いことがある。確証はなくてもそう思いたかった。ここを乗り越えなければ一生前には進めないような気がした。

さようなら、送信、ブロック。あまりにも簡単で、まだ実感がわかないでいる。涙も出ない。ただただ、心がとてもすっきりしている。今頃向こうは驚いているだろうか。泣いてるだろうか。また依存できる人を探し始めるんだろうか。もう分からないことだ。がんばると言っていたから、幸せになってほしい。幸せになる、なんて曖昧な表現なんだと思う。でもそれしか言えない。幸せになってください。


人の数だけ人生があって、みんな一生懸命生きている。なのに人はなぜこうも簡単に死んでしまうのかと、ニュースなどを見ていると悲しくなる。私たちは“生きている”というより、“死なないようにしている”が正しいのかもしれないと思った。

私には今きっと大きな穴が開いている。遠距離になってしまった恋人とも、実はあまり上手くいっていない。というか、無だ。何かがあったわけではなく、逆に何もない。連絡をとっていない。何を考えているのか分からない。なんだかもうよく分からなくなってきている。大きな穴が開いた私に、さらに大きな穴が開いたらどうしよう。癒しの源だった愛犬もいない。もう何もなくなってしまう。

どうしようもなく苦しくなってしまったら、もう消えてしまえばいいじゃないか。今はそう思うようにしている。それだけですこし楽だから。人は簡単に死んでしまうのだ。今の私は死なないようにしているだけ。それをやめるだけ。その時が来たら。

Remove all ads